語源は銀座パウリスタに一杯五銭のコーヒーを飲みに行くこと。
一般には「銀座通りをブラブラ散歩する事」(広辞苑)と信じられていますが銀座の銀とブラジルコーヒーのブラを取った新語で、大正二年(大正四年説もある)に慶應大学の学生たち(小泉信三、久保田万太郎、佐藤春夫、堀口大学、水上滝太郎、小島政二郎)が作った言葉です。
上記の「銀ブラ」は大正の文化人によって書かれた下記の文章に由来しています。
いくつかご紹介しましょう。
「銀ブラ」という言葉は其最初、三田の学生の間で唱えられた。
慶應で相手がつかまると別に相談するまでもなく、足は自然と先ず一斉に新橋の方面に向かい、駅の待合室で一休みしつつ旅客たちを眺めたのち、「パウリスタ」に行ってコーヒー一杯にドーナツでいつまでも雑誌に時をうつしていると、学校の仲間が追々とふえて来る。みな正規の授業をすませた上級生たちである。芝公園を出て新橋駅待合室経由パウリスタというのが我々の(銀ブラ)定期行路となっていた。
また、一般的な「銀ブラ」の使われ方は、次の文章よりわかります。
銀座を特別な目的なしに、銀座という街の雰囲気を享楽するために散歩することを「銀ブラ」というようになったのは大正四年頃からで虎の門の「虎狩り」などと一緒に、都会生活に対して、特別警技な才能を持っている慶應義塾の学生たちから生れてきた言葉だ。
大正時代からパウリスタのコーヒーが銀座の街の娯(たの)しみにはかかせなかったことでしょう。
投稿者 有機コーヒー通販・無農薬コーヒー通販の『森のコーヒー』公式サイト :2007年12月20日