有機コーヒー通販でおいしいコーヒー通販。無農薬コーヒーは定期的に銀座老舗カフェーパウリスタの自家焙煎コーヒーをお届け。

珈琲道一直線

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「珈琲道一直線」ニカラグア編1

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ニカラグアコーヒーの生産者、ロベルト・ベンダーニャさんは

代々続くコーヒー農家の後継者です。

お父上のフランク・ベンダーニャさんも、コーヒーを語らせたら

知らないことはない、という篤農家でした。

 

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ロベルトさんの農園は、素晴らしい自然環境の中にあります。

 

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海抜1,200m~1,400mに位置し、

 

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熱帯雨林保護区の中にある農園です。

 

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ロベルトさんの農園では、素晴らしい熟度のコーヒーが収穫されます。

 

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赤く熟した実ばかりです。

 

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すばらしい熟度です。

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ザンビア編

ザンビア地図 アフリカの深部に広がる謎のサークルを見た!
資源豊かなザンベジ川
▲資源豊かなザンベジ川



雄大な自然と人々の知恵が育んだアフリカの宝物。

私たちカフェーパウリスタのバイヤー(仕入れ担当者)は、世界各地のコーヒー農園をたずね、現地で味を確かめて直接買い付けをしています。
今回は、美味しいコーヒーを求めてアフリカの奥地、ザンビアに足を踏み入れました。


観光気分でサファリツアー。野生のゾウも水浴びするザンベジ川!

珈琲道の旅に、「直行便」という言葉は存在しない。日本から一旦ロンドンへ飛び、そこから飛行機を乗り継いでようやくザンビアの首都ルサカへ到着。いつものことながら長い長い旅路である。


ジープでサファリツアー写真
▲ジープに乗ってサファリツアー


しかし、今回の旅がいつもと違うのは、ここからさらにセスナ機に乗り換えてザンビア国内をあちこちへ移動するところ。なにしろ広大な国なので、とても自動車や列車では移動しきれない。しかも今回は「ザンビアコーヒー生産者組合」から招待された日本のコーヒーバイヤーのツアー。つまり珈琲道を追求する人達のための「コーヒーサファリツアー」なのだ。てなわけで、まずはのんびりサファリツアー。ザンビアの豊かな自然を満喫させていただいてからということで…。


長谷川氏写真
▲ジャングルを踏み分け、コーヒーのためならどんな秘境でも行く。 カフェーパウリスタ社長 長谷川勝彦。

私設軍隊がお出迎え写真
▲私設の軍隊が日の丸で歓迎




赤土の大地に広がる直径?mの緑の円。謎の巨大サークルの正体は・・・?


▲飛行機の窓からは巨大なサークルがいくつも並ぶ


観光気分が抜けきらないまま再びセスナ機に乗ってコーヒー農園へ向かっていると、窓の外に不思議なサークルが見えてきた。「こっ、これはもしや宇宙人の仕業!?」、「アフリカの奥地だし、それもありうる…」。次第にその数が増えてきて、見渡す限りサークルだらけ。なんとこれがコーヒー農園だというのだ! 地上に降りて畑に近づくと、サークルの中にはまぎれもなくコーヒーが植えられている。「おおっ、コーヒーだ」。見上げるとそこには巨大なスプリンクラーがそびえ立っていた。これが時計の針のように回転して水をまくので、そのためにコーヒーを円形に植えてあるのだった。「それにしても大きい」。自分の勝手な想像では、小規模な農家で野菜を育てる傍らでコーヒーを育てているイメージだった。そのせいもあってザンビアの巨大な灌漑設備「ピボット」には、さすがの珈琲道七段も度肝を抜かれた。



▲巨大なスプリンクラーが時計の針のように回る




巨大な設備と人海戦術。絶妙な組み合わせが高品質を生む


ザンビアの農園では、巨大な灌漑設備をはじめ、近代的な水洗設備や作業場など、実に組織的にコーヒーを生産している。もちろん電力設備も十分に整っている。農園のほとんどが平地なのでその気にさえなれば収穫用の機械も簡単に導入することが可能だ。しかし、これだけ機械化する絶好の条件が揃っているにもかかわらず、なんと収穫は全て手作業で行っている。収穫期には1,000人以上の人を雇っているのだ。作業方法をきちんとマニュアル化して指導しているので、完熟した実だけを収穫している。実に素晴らしい! もし、収穫を機械でやってしまっていたら、おそらく私はザンビアまで来なかっただろう。手作業で完熟豆だけを選別して収穫することが珈琲道の基本なのだから…。



▲設備は巨大でも収穫はすべて手作業


▲このままでもおいしそう?


目の前に山のように積み上げられたコーヒーの実はすべて真っ赤な完熟状態だ。未熟な青い実は一粒も混じっていない。珈琲道の求道者にとっては惚れ惚れするような光景である。思わず笑みがこぼれてしまう。




標高1,250~1,300mなのに1,700mクラスの高品質。その理由は・・・。


▲みごとなまでに真っ赤な実


このあたりの農園のほとんどは標高1,250~1,300m。コーヒーの産地としてはそれほど高地ではないのだが、カップテストをしてみると、その味はこの標高のコーヒーとは思えないほどの高品質。中米の産地で言えば1,700mクラスの産地で栽培されたコーヒーに匹敵するほど。その理由は昼と夜の激しい気温差にあった。日の出とともに気温がぐんぐん上がって、昼間は真夏のような強い日射しが照りつける。そして日没とともに急激に冷え込んできて、明け方はかなり冷え込む。厚手のセーターなどしっかり着込んでいないと風邪を引いてしまいそうだ。人間にはやや厳しい環境なのだが、これがコーヒーには最高の気候条件なのである。だからさほど標高が高くなくても1,700mクラスの高地産のような高品質コーヒーが育まれるのだ。


▲豊富な水で豆を水洗い



▲赤い服を着た人は計量担当のエリート




人々の笑顔のすばらしさ、それこそがザンビアコーヒーのすばらしさ。


▲お待ちかねのカップテスト


いよいよお約束のカップテストの時がやってきた。ザンビアの多くの農場経営者は、イギリス・オランダなどヨーロッパ系の人が多いためコーヒー生産のノウハウ、幅広い経験と知識を持っている。つまり珈琲道の達人が経営しているのだからコーヒーの出来ばえに関しても期待はかなり高まる。プロバット製のサンプルロースターでテストローストしてもらい、お待ちかねのカップテストを始める。「んー、やはり期待を裏切らない素晴らしい出来栄え」。ザンビアコーヒーの特長は、チョコレート系のアロマを持ちながら、プラムやアンズを思わせる明るい酸味のあるところ。全体的にとてもバランスのとれたコーヒーだ。



▲見渡す限りコーヒー豆の天日干し


今回の旅で産地の状況もしっかり見届けることができたので、これで今までよりも更に自信を持って日本の皆様にお届けすることができる。出来ることなら、ザンビアで出会った人々の笑顔も一緒に日本にお届けしたいのだが…。



▲ザンビア一の伊達男?

▲おいしいコーヒーを手に入れました
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「珈琲道一直線」ボリビア編3

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ユンガスの生産者と直接に対話を持ちました。

彼らの話を聞き、こちらからの意見も言います。

 

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彼らのコーヒー生産の悩み、問題点、希望を聞きます。

 

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逆に日本の市場の状況などを説明します。

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「珈琲道一直線」ボリビア編2

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約1日、車にゆられ、ついに着いたボリビアの

コーヒー産地”ユンガス”。

 

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すぐに”ユンガス”のカラマという村の

コーヒー生産者とミーティングをしました。

この時、カラマでは、国連のプロジェクト

”モクサ・プロジェクト”が始まっていました。

 

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モクサとは、アイマラ語で“おいしい”という意味。

ボリビア・ユンガス地区の小農民が対象で、

彼らの作るコーヒーの品質向上が目的であり、

スタートが1999年6月。

1999年より2001年までは、国連より資金供給がされ、

その後2001年より2004年までは、日本政府とラパス市によって

資金が供給されました。

 

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”モクサ・プロジェクト”実施の中核を担ったのが、

コロンビアから来た農学者・フーリアン・エスコバル氏です。

(写真左)

 

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彼が、一人ユンガスの山の中に住み、現地の

生産者の技術指導をしていました。

 

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ユンガスのコーヒー栽培は、大農園ではなく、

小農家が自分の裏庭でコーヒーを栽培する

”裏庭農法”です。

家族単位でコーヒー栽培をしています。

 

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農薬も化学肥料も一切使用しない、自然栽培で

コーヒーが栽培されています。

 

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収穫もすべて手作業です。

熟度の高いコーヒー果実(チェリー)のみ

を一粒一粒収穫しています。

 

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収穫風景です。

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「珈琲道一直線」ボリビア編1

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1999年 10月27・28日 東京のお台場で開催された

世界スペシャリティーコーヒー会議にボリビアのコーヒー輸出業者・

アンディトレードのペドロ・ロドリゲス氏が参加。

その時、ペドロ氏よりもらったコーヒーサンプルの

品質が素晴らしく、私は居ても立っても居られなくなり、

ボリビアへ向かいました。

空港がある首都ラパスは、標高3,625メートル。

富士山の標高が3,776m。 そんな場所に巨大な町がありました。

 

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通常、高品質コーヒーの産地は、海抜標高が高い

高地にあることがよくあります。

一般的には、標高の高いところで栽培されたコーヒーの

品質の方が、低地で栽培されたコーヒーより品質が高い

ことが普通です。

通常のコーヒー産地では、飛行場からコーヒー産地まで

山を登ってゆきますが、ここボリビアでは、

飛行場のあるラパスの標高が3,625メートルも

あるので、コーヒー産地のユンガスへは、下がって

ゆくようになります。

 

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この道は、インターアメリカン開発銀行に世界一危険と

認定された道です。

年間平均26台の車が谷底へ転落しています。

つまり2週間に1台の割合 です。

1983年7月24日 カルロス・ピサロ氏の運転するバスが転落、

彼と100人の乗客が死亡しました。

 

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ようやくトラック1台が通れるだけの道幅。

ガードレールもなく、左側は断崖絶壁です。

 

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車を後ろに下げて、トラックを通します。

バックしているときに、そのまま谷底に落ちるのでは、

という恐怖感でいっぱいになります。

 

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こんな道を通って、コーヒー生産地のユンガスから

ラパスに運ばれてくるのが、ボリビアコーヒーなのです。

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パプアニューギニア編

ニューギニアの奥地に珈琲道の原点を見つけたり!

   




ブルーマウンテンと同じルーツを持つ豆が、ジャングルで美味しく育つ。

私たちパウリスタコーヒーのバイヤー(仕入れ担当者)は、世界各地のコーヒー農園をたずね、
現地で味を確かめて直接買い付けをしています。
今回は、美味しいコーヒーを求めて太平洋上に浮かぶ島、パプアニューギニアに足を踏み入れました。

コーヒーへの情熱が、前人未踏の奥地へと駆り立てる
広大な風景

「日本人が乾季を連れてやってきた」。村人はそういって我々を歓迎してくれた。我々の到着と同時に雨季が終わって乾季に入ったらしい。標高1,800メートルのこの村は、昼間は暑いが空気は澄んでいて朝晩は冷え込む、軽井沢のような高原独特の気候だ。ここはパプアニューギニア島のほぼ中心、山間部に位置するシンブー地区の村。成田からの直行便が欠航になったため、我々はオーストラリアのケアンズ経由でパプアニューギニアの首都、ポートモレスビーへ。そこから国内線を乗り継いで港町レイへ行き、さらに車でコーヒーの集積地ゴロカを経由して、ようやくたどりついたところだった。
「この村にコーヒーバイヤーがやってきたのはあんたが初めてだ」。それはこの村の人達にとって大きな意味を持っているようだった。今まで多くのバイヤーがやって来たけれど、輸出業者の事務所より先には誰も行かず、村まで足を踏み入れたのは我々が初めてだったのだ。もともとパプアニューギニアは、イギリスの植民地パプアとドイツの植民地ニューギニアが統一されて出来た国であり、白人に対して不信感を抱いている様子。日本の援助によって建設された橋なども多いためか、日本人に対してはかなり好感を持っているようだった。ましてや今回はコーヒーのバイヤーが初めて村まで来たわけで、村をあげての熱烈な歓迎となったのだ。


ジャングルを踏み分け、コーヒーのためならどんな秘境へも行く。珈琲道七段 長谷川勝彦 ジャングル状態のコーヒー畑では、バナナの葉が直射日光を遮る

ジャングルを踏み分け、
コーヒーのためならどんな秘境へも行く。
カフェーパウリスタ社長 長谷川勝彦

ジャングル状態のコーヒー畑では、
バナナの葉が直射日光を遮る



現地人初のエクスポーター「コンゴ・コーヒーリミテッド」

我々を村に案内してくれたのは地元のエクスポーター(コーヒー輸出業者)である、コンゴコーヒーリミテッド代表のジェリー・カプカ氏とコーヒーテイスターのアントン・ブーロ氏のお二人。二八年前までは白人支配の植民地だったその名残か、これまでの輸出業者はすべて白人。ジェリー・カプカ氏は2000年にコーヒーを輸出するためのエクスポーターライセンスをパプアニューギニア人として初めて取得。唯一のパプアニューギニア人だけで経営するコーヒー輸出会社となったのである。
パプアニューギニア人が作ったコーヒーをパプアニューギニア人が輸出し、最高品質を誇るエリンバリコーヒーを突破口にコーヒーで勝負し、ニューマーケットを目指す。経営が白人でないことが以前訪れたボリビアとの大きな違い。そのせいか、人々の表情も明るく感じられる。


豆の天日干し風景 現地の方
▲キレイな青空の下で天日干し ▲村人の明るい表情に心も和む



一人のコーヒー専門家が、人々を高品質に目覚めさせた

コーヒー豆を見せる手
▲真っ赤な実の中から真っ白い豆が取り出される

ジェリー氏が生まれ育った村とその周辺の村の農家が栽培する豆を、直接または、バイヤー(ロードサイドバイヤー)から買い、輸出している。現地の人だけで構成される家族経営がその中心となっている。村ではブタを崇めて大切にし、猫のように名前を付けてかわいがっている。そのため、村を歩いているとその辺をうろうろしているおブタ様と出くわしてビックリする。
そもそも、この村で高品質なコーヒーがつくられるようになったのは、1997~2000年に実施された国連グルメコーヒー・プロジェクトだった。この村は直接対象となってはいなかったが、その時パプアニューギニアに来ていたコーヒーの専門家がたまたまコンゴコーヒーに立ち寄りコーヒーを試飲したのだ。しかし、評価は惨憺たるものだった。最悪の評価を受けたジェリー氏はその専門家の指示を熱心に聞き入れ、コーヒーの品質向上に努めその成果が現在の評価である。コーヒーは唯一の換金作物であり、高品質のコーヒーを作ることが生きる道と考えられているのだから、彼らが真剣になるのは当然である。




指導するのもされるのも現地の人。だからいい関係が成り立っている。

選定風景
▲味を落とす質の悪い豆は手作業で抜き取る

コーヒーの木は剪定しないためジャングルになり、バナナの木がシャドーツリーとして直射日光を避けている。収穫は完全に赤く熟した豆だけを手摘み。皮むきはパルパー(英、マッキンノン製)で行う。剥いた皮は肥料などに使用。地面から離して台の上で天日乾燥させることにより余計な湿気を防ぎ、早く乾かすことができる。このとき、良くない豆は手で抜き取っている。
注目したいのは、コーヒー作りのレベルに応じてユニフォームのシャツの色が決められていることだ。青シャツは高品質の「エリンバリ」が作れる人にだけ着る事が許されている。白いシャツはまだまだ初心者。これこそ珈琲道ではないか! 自称珈琲道七段の私としては嬉しいかぎり。


白いユニフォーム

コーヒー作り初心者は
白いユニフォーム
青いユニフォーム

高品質の「エリンバリ」コーヒーを作る
ベテランは青いユニフォーム



忘れられない一杯のサンプルコーヒー。あの時の味とついに再会。

今回のパプアニューギニア行きのきっかけは、ある知人からいただいたサンプルコーヒーだった。「なかなかいいコーヒーだから試してみて」といわれて飲んだコーヒーが濃厚なチョコレート系のスパイシーなものだった。一口飲んですぐその味に惚れ込んでしまった。「これはどこのコーヒーですか?」と訪ねると、「パプアニューギニアだよ」と知人は笑っていった。その時から私はこれを求め続けていたのだ。
その知人こそ、ジェリー氏のコーヒーを酷評し、美味しいコーヒーの作り方を指導した人物だったのである。

カップテスト風景

「ウン、この味だ」
カップテストでコーヒーの味を確認



世界に誇れる高品質コーヒー。それが「エリンバリ」。
マウント・エリンバリ
▲中央に見える尖った山が「マウントエリンバリ」

ここで作られる最高品質の「エリンバリ」の特徴は、こってりとしたチョコレート系でエキゾチックな香味、スパイシーさの入り交じった印象で、飲んだあとの後味も甘く、心地よい。カップテストでは通常口に含んだあと吐き出すのだが、つい、いつもの日本での調子で飲み込んでいたら、さすがに強いコーヒーなので、その夜は眠れなくなってしまった。いや、それだけではない。うまいコーヒーに出会って興奮していたのだろう。このまま寝ないで日本にこのコーヒーを届けたい。そんな気持ちで胸がいっぱいになった。


記念写真
▲おいしいコーヒーに出会えてご満悦のパウリスタ社長 長谷川 勝彦。
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