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芸術の中の「パウリスタ」

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音楽の中のパウリスタ

戯曲

(作品名)

「美しきものの伝説」 (1968年 初演)

(作者)

宮本研 (1926~1988年)
劇作家、熊本県生れ。自立劇団「麦の会」を結成し、「僕らが歌を歌うとき」執筆。
「日本人民共和国」、「メカニズム作成」の二作で岸田戯曲賞を受賞。
「明治の棺」で芸術祭奨励賞脚本賞を受賞。

(解説)

舞台上にカフェーパウリスタ(日本橋店)が再現され、名物のコーヒーとドウナツが出てくることに微笑まされます。
舞台には大杉栄(無政府主義者。関東大震災に乗じて、甘粕正彦憲兵大尉により強殺)、平塚明子(青鞜。元始、女性は太陽であった)、小山内薫(劇作家。築地小劇場を創設)、松井須磨子(女優。カチューシャ、カルメンを演ずる。島村抱月の死を追って自殺)、堺利明(平民新聞を創刊し、生涯、反戦を主張した。日本共産党初代委員長)等が登場し、カフェ・パウリスタの常連客たちの大きな夢や理想が語られ、興味が尽きません。

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絵画・版画の中のパウリスタ

絵画

(作品名)

「カフェ・パウリスタ」 (1929年 油彩、個人所有)

(作者)

長谷川利行 (1891~1940)

(解説)

奔放な色彩で有名。

石版画

(作品名)

「道頓堀パウリスタ」

(作者)

織田一磨 (1882~1956)

(解説)

東京国立近代美術館に飾られている。

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詩の中のパウリスタ

詩 銀座の思い出(一部略)

フランス象徴派の詩人たちが
アブサントをあおって
巴里の巷に酔うように
帝政ロシアのニヒリストたちが
モスコーの夜の並木路で
ウオトカで恋をするように
世紀末の日本の詩徒は
ヴェルレーヌやマラメルや
ボードレールのあとをつけて
銀座のショーウインドーで
ペルシャ絨氈の朱 はだか柳にはえる
あの束の間を享受した
洋書の金文字や台湾喫茶のウーロン茶に
手をさしのべた
ガス燈の青白い光の波の片隅で
モンナヴァンナの作者をしのんだ
プランタンで永井荷風がなぐられた
夜店のカンテラに久保田万太郎の横顔がちらっと赤らんだ
一杯五銭のブラジルコーヒーパウリスタ
やがてライオンも
カフェ・ギンザになるといううわさだ

(作者)

平野威馬雄(ひらの いまを) 明治33年東京生れ。
詩人。仏文学者。十八歳でモーパッサンの翻訳をする。「お化け」の研究家。混血児救済の「レミの会」会長。

(解説)

この詩は、大正六年の銀座の情景を描写しています。詩の中にある柳と瓦斬燈と夜店のそぞろ歩きが「銀ブラ」の楽しみでした。モガもモボも「パウリスタ」まで歩き、一日四〇〇〇杯もコーヒーが出ました。

(参考)

平野威馬雄 『銀座ものがたり』
ブラジルコーヒーのストレートを一杯五銭でたっぷり飲ませた。ぽってりした分厚な白陶のカップに「星」と「女神」の正面顔がマークとしてついていた。あのマークは今も眼底にこびりついていてなつかしい。
パウリスタではコーヒーのほか、一皿十五銭のカレーライスがうまかった。ボーイが景気のいい声で「カレーライス・ワン」と英語で承るのがやたらに西洋くさく、うれしかったものだ。

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小説の中のパウリスタ

小説 (彼 第二)
ある粉雪の烈しい夜、僕等はカッフェ・パウリスタの隅のテエブルに座っていた。その頃のカッフェ・パウリスタは中央にグラノフォンが一台あり、白銅を一つ入れさえすれば音楽の聞かれる設備になっていた。その夜もグラノフォンは僕らの話にはほとんど伴奏を絶ったことはなかった。「ちょっとあの給仕に通訳してくれ給え。誰でも五銭出す度に僕はきっと十銭出すからグラノフォンを鳴るのをやめさせてくれって。」

(作者)

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ) (1892~1927)
作家。東京生れ。別号、我鬼、澄江堂主人。
『鼻』 『芋粥』 で注目された。代表作 『地獄変』 『羅生門』 『河童』 『歯車』 『舞踏会』 『或阿呆の一生』 など。自殺。

(解説)

カフェーパウリスタの真前が時事新報社でした。時事の主幹は文壇の大御所と言われた菊池寛です。その菊池に原稿をとどけるために芥川龍之介はパウリスタを待ち合せの場として利用しました。龍之介の小説の中によくパウリスタが登場するのはこの理由です。

(参考)

全日本珈琲商工組合連合会 『日本コーヒー史上巻』
カフェーパウリスタは横浜の西川楽器店から「自動ピアノ」を購入、五銭白銅貨を入れると好みの名曲が一極聞けるなどという趣向を凝らせてコーヒーの客寄せをした。

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短歌の中のパウリスタ

パウリスタのイルミネエションさがし
まねくあれさしまねく春の夜なりど

(作者)

小口みち子(こぐち みちこ) (1883~1962)
神戸市立神戸小学校教師。平民社に関係して、明治三十七年、婦人の政治参加を認めるよう、誓願運動に走る。女性の自立は女性美の創造にあると信じ、美顔術技師となる。主著は『新式婦人化粧法』。

(解説)

「あれさしまねく」は女性らしい歌いぶりですが、春の銀座の夜店をひやかしながら銀ブラ(語源は銀座パウリスタに一杯五銭のブラジルコーヒーを飲みに行くこと)を楽しみ、パウリスタに急ぐ若い娘の姿が目に浮かびます。

(参考)

井筒一広「大正初期の銀座を語る」
カフェーパウリスタの向い側に当時日本一といわれた時事新報社が有った。パウリスタの表通りは、日比谷公園から帝国ホテル横を山下橋を経て銀座通りに出る道で、通路は煉瓦で敷詰められ、銀杏並木と瓦斬燈が立ち、パウリスタの電飾(イルミネエション)が町を明るくしていた。

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俳句の中のパウリスタ

パウリスタ五銭のコーヒー今日も飲む

(作者)

新居 格(にい いたる) (1888~1951)
評論家。と私学を提唱したモダニズムの旗手。
鋭敏な文化感覚を持ち、「モボ」や「モガ」の新語を発明し流行させた。主著に『アナキズム芸術論』。

(解説)

季語はありませんが、大正二年頃の物価を示す貴重な句です。パウリスタ創業当時のメニューから一部を抜粋します。

コーヒー 五銭
ドウナッツ 五銭
レモンパイ 十銭
ハムサンド 十五銭
カレーライス 十五銭
ビフテキ 二十銭
(当時 もり かけ 銭湯 三銭)

(参考)

週刊朝日誌『値段の風俗史』から
「喫茶店で飲むコーヒー一杯の平均値段」

値段のうつりかわり コーヒー
明治 三十年 二銭
明治 四十五年 三銭
大正 二~七年 五銭
大正 十~十二年 十銭
昭和 一~五年 十銭
昭和 二十年 五円
昭和 二十五年 三十円
昭和 三十年 五十円
昭和 四十年 八十円
昭和 四十四年 百円
昭和 四十九年 二百円
昭和 五十五年 三百円
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