おいしい無農薬コーヒー通販。定期的に銀座老舗カフェーパウリスタの自家焙煎コーヒーをお届け。

日本でコーヒーを広めた銀座カフェーパウリスタとは
ブラジル移民の父、水野
創業当時の銀座店

明治41年4月28日、移民船「笠戸丸」は第一回ブラジル契約移民158家族781人と、自由移民12名をのせて神戸港を出港しました。 この時、移民団長として水野 龍は移民とともにブラジルへ渡りました。

世界最大のコーヒー生産国であるブラジル共和国サンパウロ州政府庁が、日本移民を導入するに当たり、この事業に協力したのが、皇国殖民会社を設立した水野 龍とその後援者の竹村殖民商館です。

明治43年春、同政庁は、水野の移民事業における功績に対し、年間1,000俵の珈琲豆の無償供与と東洋における一手宣伝販売権を与え、日本におけるブラジル珈琲の普及事業を委託しました。

このため水野は大隈重信の支援を得て、明治43年にブラジル・サンパウロ州政府庁専属ブラジル珈琲発売所カフェーパウリスタを設立し翌年、京橋区南鍋町(銀座6丁目)裏、現在の交詢社の真向かい角に、斬新なカフェーを開店しました。

この店こそ、後の喫茶業の原型になったともいわれる銀座「カフェーパウリスタ」です。


銀座の街に突如、白亜三階建てのコーヒーハウスが誕生した
神戸店、タスリウパーェフカ

大正二年、カフェーパウリスタは、旧店を改築、三階建ての白亜で瀟洒な建物に生まれ変わった。正面にはブラジルの国旗が翻り、夜ともなれば煌々と輝くイルミネーションに、人々は胸ときめいた。
中に入ると北欧風のマントルピースのある広間には大理石のテーブルにロココ調の椅子が並び、海軍の下士官風の白い制服を着た美少年の給仕が、銀の盆に載せたコーヒーをうやうやしく運んでくるのである。
しかも、角砂糖にコーヒーの粉を詰め込んだものを「コーヒー」と呼んでいたような庶民が、洒落た空間で本格的なコーヒーを味わう代金として、一杯五銭という価格は破格に安値だった。

こうしてカフェーパウリスタは、誰もが気軽に入れる喫茶店として親しまれていったのである。
銀座の本店に続いて、京橋、堀留、神田、名古屋、神戸、横須賀と全国各地に支店を増やし、第一次世界大戦が終わる頃には、22店を数えるまでに至った。



銀ブラの語源になる~銀座で、カフェーパウリスタのブラジルコーヒーを飲みに行くこと~
1929年長谷川利行によって描かれた「カフェ・パウリスタ」

一般には「銀座通りをブラブラ散歩する事」(広辞苑)と信じられていますが銀座の銀とブラジルコーヒーのブラを取った新語で、大正二年(大正四年説もある)に慶應大学の学生たち(小泉信三、久保田万太郎、佐藤春夫、堀口大学、水上滝太郎、小島政二郎)が作った言葉です。
上記の「銀ブラ」は大正の文化人によって書かれた文章に由来しています。
詳しく知りたい方はこちら。

右の絵は、1929年長谷川利行によって描かれた「カフェ・パウリスタ」です。ちなみに、「開運!なんでも鑑定団」では1800万円という驚きの価格になりました。


写真館
当社のブランド「森のコーヒー」物語
一人のナチュラリストが挑むあるがままのコーヒーづくり。

1.農園主ジョン・ネット氏

「コーヒーの哲学者」ジョン・ネット氏

「ようやくここへ帰ってきた」。ブラジルの大地を踏みしめると、ふとそんなことを言ってみたくなる。毎年、コーヒーの収穫時期にはブラジルの農園をあちこち訪れているが、ここ「サント・アントニオ農園」は他の農園とはまるで違う。何しろ見た目からして"コーヒー畑"らしくないのだ。"畑"と言うよりは"森"である。

数メートルの高さにまで伸びたコーヒーの木。鬱蒼と生い茂ったこの森の中でコーヒーが作られているとはとても想像しがたい。そしてこの森の主がジョン・ネット氏である。はるばる日本からやってきたと言うのに、挨拶もそこそこに、もう農園に案内しようとしている。

彼は代々続くコーヒー農園に生まれ、1970年からこの農園を任され、1988年には農園を無農薬化した。大学では機械工学を専攻していたせいか、近代農法には一切背を向け、自分で素朴に感じたよい農法、つまり自然農法を何の抵抗もなく実践している。常に実験を繰り返し、新しいことに挑戦している。

ジョン・ネット氏は「無農薬で美味しいコーヒーを作ることが誇り」という。「自然を大切にし、自然の恵みを最大限に生かし、自然のうちにコーヒーを生み出す。それが私の目指す理想の完熟コーヒーです」。なんというか、農園主と言うよりも哲学者のような人だ。


2.常識にとらわれない独特のコーヒー作り

ここの土は生きているんだよ。だからにおいも違う。

「サント・アントニオ農園」は、コーヒーづくりに最適な環境に恵まれたブラジル、サンパウロ州モコカ地区にあり、コーヒー農園の多い地域である。しかし、ジョン・ネットさんのような一風変わった農法でコーヒーがつくられているのはここだけだ。

農薬や化学肥料を一切使わないだけではなく、コーヒーの木を剪定もしない。自然のままに育ったコーヒーの木は、数メートルの高さにまで伸びてジャングルのようになっている。薄暗い森のような状態は、コーヒーにとっては最適な環境。地面には落ち葉が積もっているのでふかふかしている。この農園を訪れるたびに思うことなのだが、心が癒されるような気がする。


3.そもそも本来のコーヒーの姿とは?

コーヒーの森

コーヒー発祥の地、エチオピアではジャングルの中でさまざまな植物に混じって自生していた「コーヒーの木」。
それを近代農法では、収穫し易いようにコーヒーの木だけをきれいに植えて、1.5メートル程度の高さで切り落としてしまうのだ。
そうすることによって機械でも収穫できるようになるので、人件費がかからない。一度に大量に収穫できるのでコストもかからない。作業の効率を考えたら非常に合理的だ。この近代農法は、第二次世界大戦後に「農業技術者」と呼ばれる人々によって指導され、農作物の安定した生産を目的としてものだった。

しかし、弊害も多い。もともとコーヒーの木は弱いため、単独で植えた状態ではすぐに病気にかかってしまう。だからブラジルの大抵の農園では、化学肥料や農薬を使うようになり、その結果、農園の土には虫もミミズもいなくなってしまった。しかも機械で収穫したら未熟豆も混ざるので味も当然悪くなる。

当時、ジョン・ネット氏は「昔のコーヒーは美味しかった」と言う言葉をよく耳にするようになっていた。
こうした近代農法のあり方に疑問を抱き、「コーヒーの木が生まれたエチオピアのジャングル状態に戻そう」と言う考えを思いついたのである。


4.コーヒーと相性のいい木

直射日光に弱く、単独では育ちにくいコーヒーの木には「相性のいい木」があり、それを一緒に植えれば、農薬や肥料の助けなしにコーヒーを育てることが出来る。落ち葉などが自然の肥料になるので、化学肥料や有機肥料も必要ない。
このナチュラルな栽培方法は、「コーヒーの木も普通の木と同じで、勝手に育つのが一番いいに決まっている」という考え方からきている。

「木は肥料を与えなければ自分で栄養を探そうと根をのばし、落ち葉の栄養などを自分で吸収して成長していく。
ところが化学肥料を与えると、それだけで木はお腹いっぱいになってしまい、葉は緑色をしていても光合成が出来ない状態になってしまう。
それは木にとって決していいことではありません」。ジョン・ネット氏の言葉にはとても説得力がある。


5.収穫するタイミングの違いが、味の違いを決定的にする

完全に熟したコーヒー豆

無農薬など、オーガニックな部分にばかり目が向いてしまいがちだが、本当の違いは、コーヒーのみが熟して真っ黒になり、地面に落ちるのを待って収穫するという、特殊な収穫方法が最大の特徴だとネット氏は言う。

「コーヒー豆も桃やリンゴと同じで、木になった状態で完全に熟すまで待つと、果肉の部分にある甘みが実の中に入り込んでいく。でも、多くのコーヒー農園では、完全に熟した状態で収穫すると、収穫後すぐに発酵してしまうので、早めに収穫してしまう。そうして糖度があがりすぎると言うリスクを避けている。それに、普通の農園では完熟して地面に実が落ちるとすぐに発酵してしまう。この農園でそうならないのは、収穫期に雨が降らず、地面が乾燥していることと、地面に堆積した腐葉土中の微生物が豆を発酵から守ってくれているからだ」。

様々な条件・環境があるからこそ世界の常識に反した農法がうまくいっている。


6.訪れるたびに新たな発見がある

完全に熟したコーヒー豆

酸味が生きたコーヒーは世界中にある。また、世界のコーヒーをテストして順位を決める「カップオブエクセレンス」の中で、上位10位がアンウォッシュドではなくセミウォッシュドのコーヒーだった。酸味はわかりやすく、テストに通り易いと言うこともあり、種類も多い。だが、ジョン・ネット氏がこだわるのは甘みのあるコーヒーだ。

ジョン・ネット氏も酸味の生きたコーヒーを作ろうと思えば出来るはずだ(赤い実を収穫して皮をむく)。だが、実が赤いうちに収穫してしまうと甘みが下がり、ボディがあまりないシャワシャワしたコーヒーになってしまう。利益だけを追求するのであれば、酸味のコーヒーを作ったほうがよいのだが、ジョン・ネット氏はあえて甘みのあるコーヒーにこだわり続けている。



森のコーヒー生産者グループ
近代農法の発達したブラジルで、あえて無農薬・有機栽培に挑む4人のコーヒー探究者達。

ジョン・ネットさん

ジョン・ネットさん
サント・アントニオ農園

リカルド・アギアールさん

リカルド・アギアールさん
ファッティマ農園

クラウディオ・カルネイロさん

クラウディオ・カルネイロさん
パイシャウン農園

エンリケ・スローパーさん

エンリケ・スローパーさん
カモシン農園

 

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ごあいさつ

長谷川勝彦

このたび「森のコーヒー」のサイト、「morinocoffee.com」を開店させていただきことになりました、長谷川 勝彦と申します。

なぜ、私がこのサイトを開設させていただくようになったのか、少しだけお話させてください。

私は、代々続くコーヒー焙煎屋に生まれました。祖父の代からです。今でも鮮明に覚えているのが、私がまだ小学校1年生だったころ、祖父は、東京・中央区の新富町で焙煎をしていました。 …


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